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2009年 09月 29日

【雑記】根底に流れる思想

かれこれ15年、英語を教えている。

同じものを教えているのだが、その考え方は大きく変わってきている。

【塾講師時代】
いかに内容をかみ砕いて教えるか、いかに生徒が見やすい板書を残すか、どう生徒達にインパクトを与え学習内容を記憶に残すかに腐心していた時期。塾講師の諸先輩方は本当に綿密な「予習」をしていた。どのように導入するか。どのタイミングで何の話をするか。板書で何色を使うか(=重要とする箇所をどこに設定するか)。などなど、数え上げればきりがない。

【教員1~4年目】
塾講師での土台を踏まえ、訳読式の授業をメインに取り組んでいた時期。「読んで終わり」とばかりに消費財のように教材を捉えていた。その時に出会った同僚の先生から、リスニングの3ラウンドシステムの考え方を学ぶ。概要理解→詳細理解→行間を理解するというのがその大まかなフレームワーク。これが今の授業の源流となっている。

【教員5~6年目】
現勤務校に転勤して間もない頃。少しだけ訳読式の授業をしていた。そこで、現任校の課題を見つける。それは、「英語に関する知識はあるが、使えるような知識にはなっていない」ということだった。経験値を上げれば、もっと英語力をつけることが出来るのでは? と考え始めた時期。

【教員7~10年目】
現任校で3年間担任を務める(便宜上第一期と呼ぶ)。単に訳読にとどまらないようタスクベースで授業を行った。本校ではもう一人英語科の先生が副担として学年に入るのだが、その先生の理解のもと、やりたいように授業をやらせてもらった。つたないながらも3年間を見据えて授業を構成することが出来た。若干ではあるが、過去の生徒達と比べて模試の平均偏差値が上昇した(低学年時は)。しかし、3年のリーディングで「型」にこだわる授業(トピックセンテンス等英文の型を重視する授業)に舵を切った結果、伸びが止まってしまった。センターもそこそこの結果で終わってしまった。その頃から、「扱った英語をintakeする方向性」を模索するようになった。英語の蓄積が最終的に物を言うことに気がついたからだ。教科書をただ一度扱うだけではなく、視点を変え扱うことは出来ないだろうか。その営みを通して、生徒達の頭の中に英語を残すことは出来ないだろうか? そんな思いに解答を与えてくれたのは、北海道函館中部高校での実践だった。漠然と私が考えていたことが実際に形になっている、そして成果が現れている。そのことを知り、今担当している学年では、函館中部の模倣を行うことをもう一人のパートナーの先生に相談し、了承されて今に至る。

ゴールはあくまで「生徒達の英語力を向上させる」ことに置きたい。その結果、英検やセンター試験、GTECのスコアが上がってくればよいと思っている。数字を上げることを目的にするのではなく、結果として数字が上がればよいと思っている。英語を教える上での職人になることを目標としている私であるが、未だ道半ばである。
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by jacques_southhill | 2009-09-29 01:41 | 英語教育一般 | Trackback | Comments(0)
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