2010年 05月 23日

【雑記】公開授業参加に望まれる姿勢

先週本校は「互見授業週間」。Jacquesも比較的多くの先生の授業を見学に行ったが、Jacquesの授業を見学しに来てくださった先生も数名ながらいらっしゃった。

本校の互見授業は、今回はコメント用紙に感想等を記入し教務部と授業者に手渡す形式でフィードバックを行う。どんな先生の授業であっても良い点・自分だったらこうするという点をJacquesは書くようにしている。全てが悪いということは決してないからだ。

しかし、Jacquesのところに見に来たとある先生の姿勢には疑問符をつけざるを得なかった。

その先生はふらっと何の前触れもなく授業に現れ、気付いたらいなくなり、コメント用紙を見れば改善点のみ(ちなみに授業の一部しか見ていない。指摘された点はその授業ではもちろん、日常の授業でもやっていることである)。結びには「指導法を研究しましょう」と。

その目線に苛立ちを隠せなかった。言われなくても研究はしているし、指摘は的外れだし、なぜか上から目線だし(実際数歳年上なんだけどね)。いらだってコメント用紙を破り捨てた。

頭を冷やして、翌日件の先生に次のように言った。

「そのような姿勢で授業を見に来られるのなら、来ていただかなくて結構です。」

彼女はこの言葉をどう受け止めたのだろうか。批評だけなら評論家に任せておけばよい。私たちは実践家である、とJacquesは思っている。良し悪ししか語れない評論家のコメントは聞きたくもない。一緒に学年を組んでいる方なのだが、人間性を疑ってしまった。「あなたはいつも完璧なのですね」と言ってみたかったがその言葉を飲み込んだ。こうした姿勢では人を育てることは出来ない。

授業を評論するために公開授業を見るのではなく、自分の授業に何か取り入れることはできないか、という視点で授業を見学するべきだと思う。そうしなければ、学びは存在しない。
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by jacques_southhill | 2010-05-23 20:12 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
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