2012年 05月 17日

【雑記】ハンドアウト型授業と授業力

各学校でハンドアウトを活用した授業が多く行われています。自分が勤める学校でも、ハンドアウト型の授業が主流。そこで、気になっていることが1つ。それは、ハンドアウトさえこなしていれば授業が成立する、という発想です。よりよいハンドアウトの使い方を考えるという発想が絶対に必要だと考えています。

もちろん、ハンドアウト使用型の授業には多くの利点があります。生徒と教員の双方にとって授業でやることが明確になる、適宜タスクを与えること、教員による内容の差が出にくくなる、等々。自分もそうした利点を認め、ここ数年は様々なハンドアウトを作ってきました。それを同僚の先生に使ってもらい(科目によっては他の先生が作ったものを使用して)授業をしています。

一方、特に経験の浅い先生方はハンドアウトを使うことで、授業を組み立てるという発想から遠ざかっている気がしてならないのです。どう使うとより効果的か、自分が作るならどういう構成にするかetc。使い方をある程度統一するために、マニュアルが作られることもありますが、さらにそれが悪循環を生んでいるよう思えてならないのです。

どのようにすれば授業がより密度の濃いものになるか、を常に考え続けることにこの仕事の醍醐味はあると自分は思っています。教材研究、という言葉がありますが、教材の使い方だけではなく授業の進め方の研究が絶対に必要です。ハンドアウトはあくまで道具。道具をどう使うかを考えるを一歩踏み込んで考える必要があると思っています。
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by jacques_southhill | 2012-05-17 23:16 | 雑記 | Trackback | Comments(2)
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Commented by Marugari Tetsuo at 2012-06-03 22:34 x
 日々の授業から文科省への出張まで、相変わらず熱心な方ですね。頭が下がります。私もこのごろ上述の先生の記事と同じようなことを考えています。学習者目線にたって、50分の授業の中でいかに「学び」が起こるのか(おこるように仕向けるのか)を考えるのが、広い意味での教材研究であって、教材そのものを研究することにとどまっていては、木を見て森を見ず的な、近視眼的な視点しかもてないのではないかと、このごろ思いました。指定を通して、子どもたちによい影響が出るのが、何よりも大事なことですよね。ぜひがんばってください。応援しております。
Commented by jacques_southhill at 2012-06-04 21:56
marugari様
熱心なのかなぁ? 自分では目の前にある物事をやっているだけ、なんだけどなぁ。暗唱を軸にアウトプットが可能なレベルまで持って行くのが目標。ハンドアウトはカスタマイズ可能な道具だと思っているので、メインの先生にノウハウ(というほどのものはないけれど)を惜しむことなく伝えているつもりです。発音指導から入り、CDを家でも聞きながら暗唱させると、結構ネイティブライクな暗唱をする生徒も出てきています。2ヶ月で変化しつつある生徒たち。こちらもやりがいがあります。


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